1978年日産は新車種パルサーを発表しました。
前身はチェリーFⅡ。
チェリー販売という販売網まで作って発売した日産初のFFチェリーでしたが、2代であっさりその名を捨て、新たな小型車として発売しました。
チェリーの名前は「クミコ キミを乗せるのだから」のコマーシャルもあり、浸透してきたと思っていたのに、なぜ買えたのでしょうか。
パルサー発売時のキャッチコピーは「パルサー・ヨーロッパ」。

カタログや広告には後ろに名だたる欧州小型車を後ろ向きで並べていました。
センターはあのVWゴルフ。
他にミニ、アルファロメオ・アルファスッド、シトロエン・GS、ルノー5。
つまり、日産が世界に向けた戦略として生まれ変わらせ、名前も新たにしたということですね。
でも一部のヨーロッパではチェリーとして売っていたようです。
サニーの弟分ではあるものの、欧州のライバルに勝る小型FF車として開発されました。




エンジンはA12(1200cc)、A14(1400cc)の2種類。
機構的には、チェリーのは「イシゴニス式」(エンジンの下にトランスミッションを配置)を引き継いで今した。
ボディスタイルは5ドアハッチバック、ではなく、4ドアセダン。
トランクが独立していました。
ホンダのシビックも登場時はそうでしたね。
後に3ドアハッチバックと5ドアハッチバックが追加されています。




室内はシンプルでありながら高品質を目指したことがわかります。
日産の主流であった絶壁型のインパネからヨーロッパ的な雰囲気となっています。
ちなみにインパネの写真に写っているシフトノブは独特な形状ですが、これは2ペダルMT/セミATの「スポーツマチック」だと思われます。
ゴルフに対抗できるような仕上がりだったかどうかは別として、このデザインは好きでした。
ハッチバックは他にクーペが追加されています。
チェリークーペの流れを汲むものですね。
リヤハッチの形状にFⅡの面影が見られます。




室内のカラーやシート地から若者(昭和っぽい)を狙ったものだとわかります。
ちなみにバンもありました。

もうひとひねりしたらこれを5ドアハッチバックと言ってもよさそうですね。
1981年にはマイナーチェンジをして、1300と1500となっています。


フロントが少し無理やり感がありますが、スラントしています。
リヤにブラックのガーニッシュが追加されました。
そしてエンジンは排気量がアップしただけではなく、全く新しいものになりました。
旧型のOHVから最新式のOHCへ。

FFの機構も「ジアコーサ式」(直線配置)に変更されました。
これ凄いですよね。
出来ればエンジン、機構ともにパルサー登場時に採用してほしかったところ。
このパルサーはサニーほどではないものの、そこそこ売れていたように思います。
この後もモデルチェンジを繰り返し、日本では5代目まで生産せれていました。
マーチ(マイクラ)登場前に、ヨーロッパの足掛かりとなった車種というところでしょうか。
今回もAI君に蘇らせてもらいました。


オフロード風にしてみましたがいかがでしょうか。
ついでに別案も。
クーペ風。


もう少し実用的に。

5ドア。


どこかで見たような形ですけど。
ではまた~。


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