三木聖子デビュー曲
1976年6月25日、三木聖子さんが「まちぶせ」でデビューしました。
曲はご存知「まちぶせ」です。
作詞・作曲はユーミン。
当時は荒井由実でした。
編曲は松任谷正隆氏。
この曲は1981年に石川ひとみさんがカバーして大ヒットしました。
でもユーミンが三木聖子に書いたものがオリジナルです。
三木聖子さんの「まちぶせ」も新人歌手としてはちょこっとだけヒットしています。
曲の背景
「まちぶせ」はユーミンが三木さんに初恋の思い出を訪ね、そこから歌詞を膨らませたとされています。
♪好きだったのよ あなた 胸の奥でずっと
♪もうすぐわたしきっと あなたをふりむかせる

心の中でずっと好きだった人。
でも彼女とわかれても自分からは言い寄らず、彼の方から振り向いてくれるようにしかける。
今ではこの曲はストーカーの曲のように思われていますが、当時はストーカーという言葉自体なく、もっと純粋な片想いの曲として受け入れられていました。
メロディーはユーミンが大好きだったフランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」の影響が感じられます。
ユーミンの「わたしのフランソワーズ」のモデルになった人ですね。
ユーミンと同年代の大貫妙子さんもフランソワーズ・アルディが好きで「わたしのフランソワーズ」をカバーしています。
フランソワーズ・アルディの歌はフレンチポップのオシャレな雰囲気。
日本のアイドルとは違って、ニコニコせず、クールなイメージ。
野宮真貴さんがいたころのピチカート・ファイヴのイメージですね。
話は逸れましたが、「まちぶせ」はそんなちょっと小生意気な女の子の片想いの曲です。
三木聖子の「まちぶせ」
三木聖子さんは20歳でデビュー。
10代のアイドルが全盛だったころなのでちょっと大人のアイドル。
かわいいだけではない、少し強気な女の子のイメージがこの曲にぴったり合っていました。
歌い方も素直で媚びたところがない。
僕が毎日夕方見ていた「ぎんさNOW!」にもたびたび出ていました。

ユーミンの作詞作曲ということもあってお気に入りの曲です。
シングルも買ったような気がしますが、現在手元にあるレコードは三木さんが引退後に出たベスト盤。

なぜこのアルバムを買ったのか覚えていないのですが、中古屋さんで見つけたのかもしれません。
収録曲はこんな感じ。

「まちぶせ」のB面に入っていた「少しだけ片想い」や2枚目のシングル「恋のスタジアム」(作詞はユーミン)も収録されています。
「少しだけ片想い」はユーミンの「COBALT HPUR」に入っていますが、三木さんがカバー。
原曲よりアップテンポでより明るいイメージです。
編曲は瀬尾一三さん。
ユーミンがかいた「いちご白書をもう一度」のアレンジや荒井由実時代にはバックで演奏もしています。
のちに中島みゆきさんのプロデュースをするようになり、音楽面でのパートナーとして有名ですね。
「恋のスタジアム」もユーミンは作詞だけですが、ポップな曲で悪くないです。
あまり目立たずに終わってしまいましたけど。
三木さんは3枚目のシングルとアルバムを1枚だして引退しています。
ベスト盤のジャケットの裏にはシングルの写真がのっています。

歌手としては短命でしたがその後別方面で活躍し、結婚して3女をもうけ、仙台と銀座にクラブ「MuMu」を開店しています(仙台本店は2020年に閉店)。
その後の「まちぶせ」
はじめのほうに書いたように「まちぶせ」は石川ひとみさんがカバーして大ヒットしました。
でも僕は三木聖子さんのほうが好きです。
石川ひとみさんも歌はお上手ですが、僕にはどうしてもあざとさが感じられてしまいます。
石川さんのファンの方、ごめんなさい。
アレンジは松任谷正隆氏で、もともと歌謡曲ぽいメロディが好きではなく、「抵抗しながらアレンジした」と語っている曲ですが、石川さんの時は製作側からの要望で同じようなアレンジをしたようです。
1996年にはユーミン自身が荒井由実名義で「まちぶせ」をシングルとしてリリースしています。
企画ものの「荒井由実コンサート」にあわせて発表されました。
アレンジはもちろん松任谷正隆氏。
三木さん、石川さんの時とはちょっと違うイメージに仕上がっています。
まとめ
歌謡曲が全盛だった昭和。
そのなかでもユーミンがアイドルにかいた曲は少し毛色が違っていた気がします。
そんな「まちぶせ」は様々なアーティストによって歌い継がれ、色褪せることのない昭和の名曲となりました。
それでは、また。






